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殺人事件の被害者の氏名・写真を公表すべき2つの理由

   

先日、相模原で起きた19人が殺害された大量殺人事件(相模原障害者施設殺傷事件)。

被害者のプライバシーを尊重した為か、被害者の情報は伏せられ公になっていません。被害者遺族が「公表しないでほしい」と言うのであればその考えは尊重すべきです。しかし、今回の事件で殺害された19人の遺族全員が「公表しないでほしい」と言ったのでしょうか?

全員が全員同じ考えになるとは考え難いわけです。つまり、マスコミが自主的に公表を控えたと考えるのが自然かと思います。それが悪いとは言いません。

ただ、被害者の情報を公表しない事が正しい事なのか?と私は考えます。それには2つの理由があります。

理由1.「誰にも死んだ事が知られない」のは孤独であるから

まず、例外として、レイプ犯罪にあった被害者の氏名や写真を公表すれば、「セカンドレイプ」を受けることになってしまいますから、この場合に限っては個人情報を伏せるべきです。

しかし、それ以外のケースでは遺族が拒否しない限りは公表すべきだと思います。

なぜなら、日本には死者を弔う文化があるからです。

身内だけでひっそり密葬を行うケースも有りますが、多くの場合は身内以外にも多くの友人や知人が弔うわけですよね。つまり、これは「自分が死んだ事を世に知らせたい」、「知ってもらい多くの人に弔ってもらうことで成仏できる」という考えを多くの日本人が持っているという事なんです。

ましてや今回は普通の死ではなく殺人です。
とても未練が残る死だったわけです。

もし自分死んだ場合、普通の死なら密葬で全然良い、なんなら葬式すら不要だと思っているのですが、今回のような殺人事件で死んだなら、大々的に名前を出してほしいと考えます。「今後このような事件を起こさないように世の中を変えてほしい」という世の中への訴えであり、意思表示なのです。そういう理由で自分は名前を公表すべきと考えます。

悲惨な殺され方をしたのに、それが公にならず、まるでそんな事件すら無かったかのように扱われるかも知れないと考えると、「匿名」は残酷だと思います。自分の存在すら否定されたような気がするんですよね。

理由2.匿名だと事件の扱いが小さくなるから

もう一つは被害者目線ではなく第三者目線での理由です。

多くの人が感じる事だと思いますが、匿名の事件は印象に残りません

上村亮太君が殺害された川崎市中1男子生徒殺害事件から早くも1年半が経ちますが今も当時の記憶は鮮明です。他にも悲惨な事件は山ほどあるのに(日本では年間1,000件の殺人事件が発生しています)、この事件が印象的なのは被害者の情報が公開されているからです。

人はイメージ(画像)で物事を記憶するという特徴があります(「思い出」は全てイメージで記憶されていますよね。テキスト(文字情報)として記憶される人は皆無でしょう)。つまり、被害者の顔写真などの視覚的情報があることで脳裏に鮮明に焼き付くのです。逆に匿名だと視覚的情報無いのでテキスト(文字情報)で記憶することになり、印象が薄く記憶に残らないのです。

記憶に残らないという事は事件が軽視されるという事です。私たちは同じ様な事件を繰り返さないように対策を講じなければならないわけですが、事件が軽視されれば、対策はされず同じ様な事件が繰り返されます

今回の「相模原障害者施設殺傷事件」では犯行の5ヶ月前に、植松容疑者本人が衆議院議長公邸に訪問し”犯行予告”の手紙を渡しています。過去には「西鉄バスジャック事件」、「秋葉原無差別殺傷事件」といった凶悪犯罪でも犯行予告があったわけです、しかし、その予告を軽視した結果多くの犠牲者を出したわけです。そして、今回の事件でも犯行予告を軽視し多くの犠牲者を出してしまいました。防ぐチャンスはいくらでもあったのに再び起きてしまったのは非常に残念です。

被害者の情報を公開しても組織が体質を改善しない限り事件は防げませんが、匿名で扱えば事件は軽視され、より一層改善が遠のきます。

「同じ過ちを繰り返さない」事が最も重要

報道の役目とは警鐘を鳴らし同じ過ちを繰りかえさないことだと思います。色々な感情があるとは思いますが、「同じ過ちを繰りかえして欲しくない」「こういう事件はこれで最後にして欲しい」という思いは全ての人に共通する思いのはずです。

ところが、今の報道はそうは感じないんですよね。

例えば今回の「相模原障害者施設殺傷事件」では、「入墨」や「大麻」の事ばかりに焦点が当てられている状態です。これらは直接は事件に関係ないものです。「入墨」や「大麻」というキーワードを使う事でより鮮明な悪人像を作り上げているだけなんですよね。犯人の異常性ばかりに注目させることは根本的な問題を見失う事に繋がります。

根本的な問題の改善・解決に繋がらず、ただただ「犯人は異常者」と報道するだけ。それは”趣味の悪い娯楽”でしかありません。

メディアは「何を伝えるべきなのか?」「何が国民の為になるのか?」「同じ事件を繰りかえさない為に何を伝えるべきか?」をよく考え報道すべきです。

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