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佐野研二郎を擁護するデザイナーは『論理的』ではなく『直感的』な説明すれば多くの人が理解してくれたかも知れない

      2015/11/05

私を含め多くのデザイナーは佐野研二郎氏の盗用疑惑を擁護してきましたが、その多くは論理的なものです。もっとも代表的なのがUIデザイナーの深津貴之氏による以下の解説記事。

ついでに私が書いた記事も紹介しておきます。良かったら読んでみてください。

深津氏の記事を読んでみると分かりますが、どうやって五輪エンブレムが作られたかが非常に深く解説されていることが分かります(論理的と銘打っておきながら全然論理的じゃない私の記事とは段違いですね)。色々と考察するのが好きな人であれば「ここまで、明確なコンセプトがあるなら盗用では無いだろう」という答えに辿りつく人がほとんどでしょう。

結果多くの人がこの解説に納得し大きな支持を得られたわけですが、その一方で論理的な解説をすればするほど「言い訳にしか聞こえない」と苦言を呈する人がいるのも確かなんですよね。つまり、論理的に考える人だけではなく『直感的』に考える人も相当数いるということなんです。

全ての人は『直感』を頼りに生きている

人間はほぼ例外なく直感を頼りにして生きています。論理的に考えるのは今回のように『論理的に考える必要性がある時だけ』なんです。

特別な場合を除き、普段は誰もが直感的に生きてます。

  • 会話をする時
  • 運転をする時
  • スポーツをする時

これらは基本的に直感な判断によって行動が決まります。その理由は『素早い判断』が求められるからです。いちいち時間をかけて論理的に考えていたら、これらの行動は成り立ちません。「あの人、なんか会話のテンポ遅いよねー」と不評を買ってしまうことでしょう。

言ってしまえば論理的な説明をするデザイナーも発端は直感なんですよね。「あの有名な佐野研二郎が盗用するわけがない!」という直感から始まり、その確証を得る為に論理付けていくわけです。

全ての人が論理的解説を好むわけでは無い。だから、直感に訴えることも必要

デザイナーは職業柄デザインに関心が深いので、論理的な説明をしたくなりますが、デザインに関心が無ければ論理的に思考するのは苦痛だと思うんですよね。

だから、そういう人を説得するのに論理的な解説をしても効果が無いどころか逆効果になりかねないんです(これは私の書いた五輪記事への反応でも確認できました)。

だったら無理に論理で押し通すのではなく、直感に訴えれば良いのではないか?と思うんですよね。相手が司法のプロなら論理的解説は必須ですが、一般人であればその必要はありません。『共感する言葉』で訴えかければよいんです。

直感が有効である根拠として挙げるのがこちらの記事の中の「人生をかけた大仕事をパクリで済ませるだろうか?」という部分。非論理的な蛇足的な内容ですが、この部分に共感してくれた方も結構多かったんですよね。

また、以下のような身近で誰もが共感出来ることに例えることも重要だと思います。非論理的な内容ですが、己の中の『既存の常識に照らし合わせ考えさせ認識を改めてもらう』という狙いがあります。

デザインの類似性はカレーとシチューに例えると分かりやすい!佐野研二郎が「エンブレムは全く似てない」と断言した理由

さらに言えば感情で押し切っても良い

これは佐野氏を擁護するデザイナーではなく佐野氏自身の行動に関するものなので蛇足になりますが、騒動の鎮静化を目的とするなら、論理でも直感でもなく『感情に訴える』のも一つの手段です。

今回の件であれば、『悲壮感を漂わせる』ことで国民感情に訴えかけることで鎮静化することが可能だったと思います。

佐野氏の会見での姿は、盗用を疑ってた人にとっては『威圧的』で『高慢』に映ったことでしょう。これが、会見が失敗した一番の原因といっても過言ではありません。

もし、これが逆に、悲壮感を漂わせ憔悴しきった姿だったらどう思いますか?

「もうやめて! とっくにサノケンのライフはゼロよ!」

と、叩く気も失せてしまうはずです。

人間は多種多様。最適な答えは無い

論理的、直感的、感情的、どれが正解ということはありません。人のよって最適な答えは異なるからです。

デザイナーによる佐野氏擁護が裏目に出てしまった感があるのは、論理的な説明にこだわり過ぎて共感が得られなかった為でしょう。

本件に限らずですが、何が心に刺さるかは誰にも分かりません。先入観を捨て様々なアプローチをすることが重要だと思います。

 - 雑記