政治・社会問題を素人が考える

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「保育園落ちた日本死ね」が流行語大賞トップ10入り。これについての誤解と問題点

   

先日発表された流行語大賞トップ10に「保育園落ちた日本死ね」がランクインしました。これに対してタレントのつるの剛士さんは「汚い言葉が選ばれて悲しい」と発言。

 

確かに、こういった言葉が流行語大賞に選ばれてしまうことは非常に残念です。しかし、これは日本の政治、行政、社会に不満を抱えている人がそれだけいるという事なんですよね。

「保育園落ちた日本死ね」はヘイトスピーチではない理由

おそらくニュースにあまり関心の無い人はこれをヘイトスピーチだと思うかも知れませんが誤解です。

「保育園落ちた日本死ね」という言葉は、何年経っても改善されることのない待機児童問題や、とても生活が出来ない保育士の低すぎる賃金に対する抗議です。ただただ相手を「侮辱したい」「貶めたい」という目的の為に行われる在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチとは全く異なります。

逆に、「保育園落ちた日本死ね」と発言したり、そういった感情を胸に秘めずにはいられない立場に置かれた人は、現在進行形で日本社会によって差別を受けている状態の人でもあるんですよね。

流行語大賞にこういった暴言を選ぶモラルには問題があると思いますが、こういった言葉が生まれるのは日本の政治、行政、社会に原因があるわけですから、政治・行政・社会が変わらない限り根本的な解決にはなりません。

ただ、発言者がヘイトスピーチの意図が無くても、受け手が不快に感じてしまっては結果的にヘイトだと受け取られてしまっても仕方が無いわけですから、表現方法はよく考えるべきです。

流行語に選ばれた事で差別やヘイトスピーチへの罪悪感が薄れてしまう可能性がある

「保育園落ちた日本死ね」が流行語大賞に選ばれた事が「不快」なだけであればまだ良いでしょう。問題なのは「差別やヘイトスピーチへの罪悪感が薄れてしまう」という事です。

これについてはタレントのはるかぜちゃんも問題視しています。

 

個人的には「取り上げ方」にも問題があると思っていて、流行語大賞って「華やかなお祭り」っぽいんですよね。そういう催し物で「保育園落ちた日本死ね」を取り上げれば軽い言葉に感じてしまうんです。そして、まだ分別の付かない子供たちが安易に「死ね」という言葉を使いだしかねないというわけです。

「保育園落ちた日本死ね」をヘイトだと言うなら、まずは自身がヘイトを止めるべき

これは一部の人たちに対するメッセージです。

流行語大賞『保育園落ちた日本死ね』に対してつるの剛士が正論wwwww(画像あり)

上記のサイトのコメント欄を見ると、「在日」、「韓国」、「朝鮮」といった言葉で溢れています。

つまり、ここのコメント欄の人たちは「保育園落ちた日本死ね」という言葉は在日韓国人、在日朝鮮人が言っていると決め付けているわけです。これは明らかな差別行為でありヘイトスピーチです。これ以外にも右翼御用達のサイトでは大体こういった反応ですね。

ネット上だけの話なのかもしれませんが、「日本にヘイトするな!」と声を大にする人に限って在日韓国・朝鮮人に対してヘイトスピーチをしている傾向があります。もしかしたら、日本に対するヘイトスピーチ止めたいというよりも、自身が行うヘイトスピーチを正当化したいだけなのかも知れません。

ヘイトスピーチをする人にヘイトスピーチを批判する権利はありません。権利があったとしても全く説得力がありませんよね。自分がやってることを相手に「止めろ」と言って聞くわけがありませんから。

ヘイトスピーチの無い豊かな社会にするためには

いずれにせよ日本人の多くは日本社会に不満を抱えている人が多いんですよね。だから、差別やヘイトスピーチで弱者を貶めることで鬱憤を晴らしているわけです。

日本がもっと豊かな国になれば、不満は解消され差別やヘイトスピーチは軽減されていくと思います。

何をもってして豊かなのかは人それぞれだと思いますが、経済的よりも精神的に貧しい人が多いと思うんですよね。実際ネトウヨと呼ばれる人たちは高学歴・高収入の人が多いと言われていますからね。

今はネット社会で一日中スマホを触っている人が多い様に、コミュニケーション不足で道徳観が育たないというのが、差別やヘイトスピーチの一因になっている思います。

家庭や学校での道徳教育の見直しが必要だと思います。道徳観が育てば流行語に「日本死ね」が選ばれても安易に使うなんて事は無くなるわけですからね。

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