政治・社会問題を素人が考える

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安楽死は自殺で尊厳死とは別物。自殺を認めて良い場合、駄目な場合

      2014/11/04

末期ガンで余命宣告をされたアメリカ人女性が「人間らしい最後を迎えたい」という想いで自ら安楽死を選び予告し、つい先日実行して亡くなった件について、世界中で賛否両論があったようです。今回はその件について私の意見を書いてみようと思います。

安楽死=自殺である

安楽死は末期患者の苦痛を和らげる代わりに死期を早める処置のことをいいますが、言い換えれば「末期患者による自殺」ということです。また、植物状態の患者の延命処置をやめることを安楽死と思っている人がいますが、それは尊厳死と言って安楽死とは別物です。「人間らしい姿で最後を迎える」のが尊厳死です。今回のアメリカ人女性のケースでは安楽死と尊厳死が合わさったものですね。

わたしは自殺行為に反対ですが、安楽死には賛成です。

「末期でも可能性を信じて生きるべき」「いかなる理由があっても自ら命の絶つべきではない」という意見は多いと思いますが、それは本人や身内の立場になって考えての意見なのでしょうか?

助かる可能性がほぼゼロの状態で、しかも激しい苦痛を伴いながら生きることがどれほどのものなのか・・・。私が考えるにガラスの散らばった道を素足で歩き続けるような行為だと思います。もちろん、その道にも少しの癒しはあるかも知れませんが、それ以上の苦痛が伴うはずです。身内や友人にとっても回復の見込みがゼロに等しい人が苦しむ姿は見るに耐えないでしょう。その苦痛を他人が強いてよい理由がありません。

だから、安楽死は私が唯一認めることができる自殺です。

安楽死以外の自殺はしてはならない

自殺と一言にいっても様々です。「いじめ」「就活疲れ」「リストラ」など様々。細かな状況の違いなどを考慮すれば無限のバリエーションがあるでしょう。

しかし、いかなる理由があっても自殺はするべきではないと思います。いくら辛くてもです。

その理由はシンプルで、いくらでも解決方法があるからです。

「いじめ」なら学校や会社を辞めて知り合いのいない環境に移り住むだけで解決しますし、「就活疲れ」ならしばらく就職活動やめるなりバイトで食い繋げば解決します。生活保護に頼ることも出来ますよね。

「耐えること」をやめましょう。

自殺する人は苦痛にひたすら耐え続け、気付かないうちに手遅れなほどボロボロになってしまい、それで自殺してしまうのです。

もちろん、多少の我慢は必要ですが「ちょっと無理そうだな」と感じたら気持ちを切り替えて別の手段を探すのです。

ちょっと考えてみてください。

虐められたり、就活疲れで絶望的な気持ちになってしまうのも分からなくはないですが、1000ある分岐のうちの1つが行き止まりなだけなんです。行き詰ったら別の分岐を進めば良いのです。

選択し切れないほどの分岐があるのに自ら放棄してしまうのすごく勿体無いことだとは思いませんか?

”すぐ諦めてしまう人”の意外な共通点とは?

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