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安倍首相がポツダム宣言を知らないことが問題である2つの理由

      2015/07/20

先日の国会で安倍首相が「ポツダム宣言」を読んでない旨の発言をしたことが物議を醸している。色々と意見はあるだろうが、私はこの件について2通りの問題があると考える。

1. ”本当に”読んでいない場合

もし、「読んでいない」という言葉が本当であれば真っ当な保守・右翼であれば憤慨モノだろう。なぜならポツダム宣言には以下のような一文が書かれているからだ(現代語訳にしたもの)。

6. 日本の人々をだまし、間違った方向に導き、世界征服に誘った影響勢力や権威・権力は、排除されなければならない。無責任な軍国主義が世界からなくなるまでは、平和、安全、正義の新秩序は実現不可能である。

これは”日本が世界制服をするために戦争を起こした”ことを示したものだ。日本はこれ以上の被害を避ける為、止むを得なく無条件降伏し受け入れたわけだ。たとえ左翼であっても「日本が世界制服をする為に戦争を起こした」などと思っている人はいないのだ。これは日本人全員にとって屈辱的な内容なのである。

その屈辱的なポツダム宣言を本当に「読んでいない」のであれば安倍首相に歴史問題を語る資格は無いし、首相として教養が無さすぎるだろう。

2. 実際は読んでるけど”あえて”読んでないと言った場合

こんな屈辱的な内容を受け入れられるか!」という理由で”あえて”読んでいないと発言した可能性、おそらくこちらが真実だろう。これなら多くの保守・右翼が賛同するだろう。

しかし、私はそれでも問題があると考える。先ほど取上げたポツダム宣言の一文は屈辱的なものであることには違いない。それでも安倍首相の発言は問題なのだ。

なぜなら無条件降伏してポツダム宣言を受け入れたからこそ今の日本があるからだ。

戦争をすれば勝者と敗者が生まれる。敗者は多くの人命を奪った代償として勝者の要求を飲む。たとえ理不尽なものであってもだ。それが戦争のルールだ。

当時の日本人は理不尽と思いつつも戦争で多くの犠牲を出した責任を負ったのだ。そしてその悔しさをバネに産業発展に尽力して日本を飛躍的に発展させた。「過去に固執しない前向きな生き方」を選んだのだ。

戦後70年経った今、安倍首相がそれを否定してしまっては、当時の日本人は何の為に理不尽な思いをしたのか?ということになる。当人たちが否定するのはかまわないことだ。しかし、戦争を知らない人が否定する資格があるのだろうか。当時の日本人の選択が間違いだったというのと同じだ。当時の日本人がどういう思いで屈辱を受け入れたかよく考えるべきではないだろうか。

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